「信頼の母に殺害された長男哀れ」 発達障害の長男殺害の母に懲役5年判決(産経新聞)2012.1.17

 昨年1月、東京都内の自宅で長男(4)の首を絞めて殺害し、長女(6)を殺害しようとしたとして、殺人と殺人未遂の罪に問われた母親(36)の裁判員裁判の判決公判が17日、東京地裁立川支部であり、毛利晴光裁判長は「犯行は執拗(しつよう)で残虐だ」として懲役5年(求刑懲役7年)の判決を言い渡した。

 判決などによると、母親は昨年1月12日、自宅2階の居間で長男を絞殺し、1階居間にいた長女の首を絞めたが、暴れて苦しむ姿を見て、かわいそうになり途中でやめたため、全治一カ月の重傷を負わせた。

 母親は検診で長男が広汎性発達障害と診断され、幼稚園の入園も断られて以来、悩んでいた。

 判決理由で毛利裁判長は「それなりに同情の余地がなくはないが、夫や親族などが近くにいて追い詰められた状況とまではいえない」とした上で、「信頼していた母親に殺害された長男は哀れで、命を軽視するにもほどがある」と述べた。

 公判で弁護側や遺族は「母親を刑務所に送っても誰も喜ばない。長女が母の帰りを待っている」などと述べ、執行猶予刑を求めていた。

 毛利裁判長は判決言い渡しの後、裁判員の言葉として、「罪を償い、(重傷を負った)長女にもきちんと謝った方がいい。子供をあやめたその手を今後は人を助けることに使ってほしい」と述べた。


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我が子を愛する所以、悲観的になってしまい、追い詰められる。

こういう事件は、未だに年に何回か新聞などで目にします。
ニュースにならない事件も含めると、もっと、あると思っています。
私の講演でも、みんなに考えてもらいたくて、別の事件の裁判記録を紹介しています。

障がいを持って産まれること。

これは、家族にとっても、まだまだ、大変な世の中です。
私の両親も大変な想いをして私を育ててきてくれました。

誰もが、意味があって産まれ、そこに存在している。
障がいをもって産まれたのも意味がある。

言葉にしてしまうと容易く感じてしまうけど、誰もが理解してほしい、わかって欲しい、大切な事だと思います。
そのことを理解できたら、誰にとっても、優しくあたたかい社会をつくれるから。

色んな意味で、社会構造自体がおかしくなっていて、根っこが絡み合い、難しい問題となってしまっているのだと思うけど、でも、そのことを広める意味で、私も存在し、その役目を果たすために、今、往かされているんだとそう感じます。

誰もがわかり合える。
わかろうとする世界を創りたいのです。
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阪神大震災から17年(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/guide/news/20120117_1442.html

ちょうど、この日。
私は、大学の卒論の提出日で、徹夜明けでした。
卒論を書き上げ、ホッとしてテレビのスイッチを点けた時に目にしたのは、倒壊したビルでした。

技術系の大学だったので、最先端の技術を勉強し、研究しまとめていた矢先だったので、技術ってなんだろう、大自然の前では最先端の技術なんて無力でしかないのかもしれないって、自問自答した記憶があります。

絶対なんて、何一つない。
当たり前なんて、何一つない。

東日本大震災の時にも痛感したこと。
だからこそ、尊い命というものを大切し、しっかり、生きていかないとそう感じます。

区画整理などが強行的に行われたせいで、弱者が切り捨てられ、未だに苦しんでいる人がいると聞きます。
被災された障がい者や被災して障がい者となった方々の存在すら、未だに把握しきれていない状況。
被災者の高齢化など、様々な問題もおきている。
誰にでも優しい街作りなんて言葉ではいくけど、根が深く、大変なことなんだと思うし、行政単位というハード的なことではなく、個人個人というソフト的な深い繋がりをどう作っていき、保っていき、活かして、共に生きていく事が大事なんだとそう思う。

原発事故の影響もあり、今なお、終わりのない闘いの中にいる東日本大震災で被災された方々。
そして、17年も経った今も苦しんでいる阪神淡路大震災で被災された方々。

私自身が出来ることを精一杯やりつつ、被災された方々が、少しでも早く、安らぎがありますように、お祈りしています。
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年が明けて、もう1週間。
早いんだよね~(笑)

5日より、職場復帰しました。
まだ、机に座っているのがやっとで、余裕ないけど。
でも、木曜日と金曜日と仕事してきました。
何とかやれそうかなって、そんな風に思っています。

三日連休でよかった。
もう、やっぱり、バテバテでして(笑)
明日ものんびりやります。

年賀状。
自分から書かなかったけど、沢山の人から頂きました。
頂いた分は、お返しもしました。
こうやって、つながって、気にかけてくれる人がいること。
ありがたいなってそう思います。

まだ、痛かったりするけど、日増しに動いても苦にならなくなってきて。
精神的にはかなり楽で、もう少し経てば、今後のこととかも考える余裕が出来てくるかなってそう思います。

年が明けてから、相変わらず、世の中は騒がしいけど。
あれもどれもなんて出来るわけなく。
そして、不安を抱えても身動きが取れず。
雨が降るように、風が吹くように、雲が流れるように、朝、日が昇り、夜、日が沈むように。
日々、しっかりと踏みしめながら、淡々とやれることをやるしかないのかなって。
そう思います。
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あけましておめでとうございます。
2012年があけましたね。

毎年、年末年始になると「来年の今頃は何をやっているんだろう」って常に思うのですが、去年、一昨年ほど、予想を大きく覆す程の事が自分の身にも周りにも降りかかり、無事に年を越せる事自体、奇跡なんじゃないだろうかって思う様になりました。
二十歳前後や学生だった頃・・・自分自身に対し希薄さを感じていて、「来年は死んでるかも」とか「死んでてもかまわない」なんて思っていたりもす るけど、意外に、こういう事ってあり得る話であり、そう自分の心に刻みつけて置く事も、今を生きている事への有り難みを知るという意味で大事なんじゃない かなって、今更ながら思っています。

だから、「あけましておめでとう」もそうだけど「あけてくれてありがとう」でも良いのかなって感じている今日、この頃です。

元旦初っぱなから、あちこちで中規模の地震が起きているし、今年も波乱が起きそうな予感。
スピリチュアルな世界では、アセンションの年だのマヤ歴がどうのだの言われていたりもするしね。

だからこそ、「来年には・・」なんて遠い先の事ではなく、今日、一日、今、一時を深く刻み付ける様に、自分として周りにも自分にも影響を及ぼせる人間として、しっかりと生きていきたいとそう思っています。
アセンションの話も「アセンションが起きる年だからしっかり身構える」という受動的な話ではなく「1人1人が一時一時を動いて行くことによってアセンションを起こす年」という能動的な話だと私は思っているしね。

この1日、自分1人の想いや行動こそ大事にして、今を愛おしく笑って生きていられるよう生きていきたい。
そして、そう思えることこそ、ありがたいと感謝して生きていきたい。

結局、来年の今頃なんて、その一日一日の積み重ねでしかないのだから。
そういう毎日を生きていれば、来年の今頃もきっと笑っていられるし、無事に年を越せるんだと、信じて生きていきたい。

今年に限らず、毎年、言っていることかもしれないけど。
そんなことを、いつになく感じて、思って、生きていける1年でありたいです。

そして、その想いが周りにも共鳴し拡がっていけば良いなってそう思っています。
皆さんにも幸多い笑顔の日々がありますように、今を共に歩んで行けたら、私は幸せです。
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ふぅ~(笑)
なんだかんだと2011年が暮れていく。
実は、あっという間だったのか、長かったのか、よくわからないでいます。
それぐらい、色んな事があった気がしています。

去年の今頃は、一時帰宅をしていました。
ほぼ、寝たきりの状態で。
家族と過ごせたけど、日常生活もマトモに出来ていなかったような気がします。

その後、何度か一時帰宅を繰り返し、自宅での生活に慣らした上で、2月に4ヶ月以上の入院生活から退院。
その頃は、もうだいぶ起きれる状態ではあったけど、体力も気力もまだなくて、その後も、日常生活を大騒ぎしながら徐々に調子を整えていく。

そして、3月に地震。
東京にいて、幸いにして直接的に被災していたわけではないけど、生活環境や土台になる部分がかなり大きく変わった気がします。
マスコミなどから伝えられる被災地の様子や支援に走り回っていた仲間たちから伝わる想いに感化されたことも大きいけど、やっぱり、原発事故もそれ以上に大きかったです。
今、置かれている環境は、絶対のことなんて一つもなく、一気に崩れていくものなんだと。
一日一日、一時一時って大事なんだなって、自分の置かれた身体の事も含め、改めて強く感じていました。

5月には、職場復帰。
何とか日常を取り戻しつつあったけど、人工肛門の方は、日増しに悪化していき。

7月に、地元の上映会イベントでボランティア復帰を果たすも、その後ぐらいから、身体の状況が空回りしはじめていく。
手術の話も持ち上がり、状態を悪化させていく中、イライラしながら待ち続け、11月末に再手術。
3週間の入院生活が無事に終わり、12月半ば、退院。

病気になるまでもボランティアなどで忙しく動き回っていた毎日だったけど、別の意味で、いっぱいいっぱいだった1年だったってそう思う。
出来るだけ正常心でいたいとは心に決めていたけど、やっぱり、出来ない事の方が多かったし、まだまだ、未熟だなぁって思うこともあったし、自分のことで精一杯だった気がします。

相当、忍耐の中、気を張っていた一年だったんでしょうね。
再手術も無事に終わり、経過も良好だったためか、気が抜けてしまい、寝ては起きてご飯食べて、テレビみたり、DVDを見たり、本を読んだり、ここ10年ぐらいやっていなかったTVゲームやPCゲームを買い込んでして遊んでみたり、勝手気ままな毎日を送っています(笑)

部屋の掃除も片付けも年賀状もやってないぞ~(笑)

っていう感じで、年を越しそうです。

そして、何よりも、どれよりも大事なこと。

私を支えてくれた仲間たちの存在、家族の存在。
病院関係者や様々な人たちの存在。
色んな人たちと繋がりの中で私も生きている。。。。

本当にたくさんの人に助けられたなぁって思うし、やっぱり、人は1人で生きていけないし、生きていないんだって改めて感じた1年でした。
今年の漢字は、「絆」だったけど、この言葉の意味を違う形で深く感じられました。
そして、この「絆」っていう言葉は、人の存在だけでなく、時間も空間も見えないこともその全てとの繋がりを表しているし、その繋がりがお互いに影響を与え、助け、助けられ、共振していっているんだってそう思えました。

この「絆」・・・世間では色々と批判もあるみたいだけど、自分にとっては、本当にありがたいし、大切にしたい想いだと思っています。

「絆」のお陰で、全ての事を感謝に変えれた。
本当に感謝です。
ありがとうございました。
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クリスマスですね。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
ホワイトクリスマスの所もあるのかな。

私は、自宅でゆっくり過ごしています。
イブの夜は、家族とディナーを楽しみました。

なんだかんだ言っても、やっぱり、家族や大好きな人と過ごせるって、本当に最高に幸せなことなんだなってそう思う。

去年は、病院の中。
母が買ってきてくれた小さなショートケーキをこっそりと病室で食べた思い出があります。
ささやかなお祝いでした。
病院内で、入院患者向けの催しもあったのだけど、まだ、動ける身体ではなかったから、ベットから離れることが出来ず、参加できませんでした。

前の見えない日々。
ゴールの見えない日々。
何をやっているんだろうって、寂しく、悔しく、悲しかったって、今更ながら感じる日々でした。

再手術の事もあったので、今年もどうなるかなって思っていたけど、無事にクリスマス前に退院できて、家で過ごすことができました。
これが、私への神様からのプレゼントだなってそんなことを思っています。
いつになく、心洗われ、幸せなクリスマスイブでした。

必ず幸せは訪れる。
どんなに今が辛くても、今が悲しくても、涙で前が見えなくても。
誰の元へも、誰の所にも。
必ず笑顔が訪れる。
そう信じていれば、きっと。

世界では、今、この時、この一瞬に、いろんな人がいて、いろんな事が起きています。
今、この時を先の見えない暗闇の中を過ごしている方も沢山いると思います。
そのような人にとっては、クリスマスなんていうこと自体、縁遠く、あり得ない話だとは思うのだけど。
でも、そんな人にもこの日だけは、この時間だけは、少しでも苦しみから解放されるささやかな安らぎが訪れてくれればいいなってそう願わずにはいられません。

誰もが誰かの笑顔を祈り、願う時間が訪れますように。
自分の中の光に気がつける時間が現れますように。

今のこの時、この瞬間を笑っていられますように。
明日の幸せにつながりますように。

失ったもの以上の幸せが降り注ぎますように。
全ての愛が皆を色とりどりに輝かせてくれますように。

1人で過ごしている人にも、誰かの愛がつながりますように。
みんなで過ごしている人にも、誰かにその幸せが伝わりますように。

メリークリスマス☆
全ての人に愛と笑顔と幸せが降り注ぎますように。
心よりお祈りしております。

KOKIA moment~今を生きる~

歌詞 : http://www.utamap.com/viewkasi.php?surl=k-110518-114
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12月18日。
無事に退院して、自宅に帰ってきました。
術後2~3週間程度は入院とは聞いていたので、ほぼ予定通りか少し早くに帰れました。
今は、ホッとして、なんだか気が抜けたようになっています。
入院疲れっていうのがあるらしいけど、それでしょうね。
本当にホッとしました。

去年10月につくった人工肛門(ストーマ)の調子が悪く、ストーマと一緒に腸が20センチ近くも脱出している状態になっていました。
痛みも日増しに酷くなり、動くのもやっと。
半年近く、手術を待たされましたが、やっと、やろうと主治医が言ってくれました。

本当なら11月29日に入院開始、12月1日に手術だったのだけど、病院から連絡がはいり、早まりました。

11月26日に前倒しで入院開始。
朝の10時に受け付け。

去年10月から2月まで入院していた病棟なので、私の状況をしっかり把握してくれている看護師さんがほとんど。
そういう点ではかなり気楽でした。

「大変でしたね・・・」
「今回こそ、うまくいきますよ」
「大丈夫。安心して下さい。頑張りましょう」
って言ってくれて、ホッとする。

「元気でした~??」ってクラークさん(看護師ではなく事務方の人)にいきなり言われた時には笑ったけど(笑)
周りの看護師さんと爆笑。
元気じゃないから再入院したんだしねぇ、、、汗

入院開始すぐから、いきなり手術に向けての準備が急ピッチに始まる。
点滴が開始したり、食事も重湯などの流動食になったり。
全てが駆け足で過ぎていきました。
手術前日は下剤2リッターは、さすがにきつかった・・・。

手術日当日。
13時開始でしたが、前にあった手術が長引き、待たされる。
手術の順番を待つ間は、周りに心臓の音が聞こえそうなぐらいドキドキで待っている時間が何とも言えない気持ちで精神的に落ち着かせるのも精一杯でした。

そして、自分の番になり点滴で鎮静剤が投与。
ストレッチャーに乗せられ手術室へ。
手術室に向かう天井の明かり取りを何度見たっけ。。。
その時、その時、違う思いで見ていたななどと、変に感傷的な気持ちになる。

何度も見た手術室に入り、手術台に移る。
手術室には、かすかなクラシック系の音楽が流れている。
麻酔科の先生とのやりとりの後、心電図などの機械がいろいろと付けられる。

もう4度目なので、麻酔科の先生とも顔見知り。
「今回もお願いしますね~」などと笑いながら言い合っていたりしたけど、緊張感はさらに強まっていく。

前回は、腸閉塞の為、ガスが逆流し、胃液をおう吐の恐れもあったので、麻酔をかける前に気管挿入。
1時間も苦しめられる。

今回は、絶食していた為、その恐れもなかったので、いきなり麻酔を投入してくれて、一気に意識がなくなっていく。。。。
後は、空白。

途中、「武市さ~ん。ちょっと起きてください!」って、一回だけ起こされる。
「どうだ?痛いか?」って主治医に聞かれ、「お腹がギリギリ痛いです」って応えたら、「そっか。じゃ、やっぱりもう一度麻酔をかけるから寝てていいよ」と言われ、また、意識が遠のく。

次に目が覚めた時は、既に朝でICUの中でした。

16時に始まった手術は、予定よりも2時間オーバーの5時間以上。
21時過ぎまでやっていたそうです。

1.ストーマと一緒に20cm近く飛び出した腸をお腹に戻す。
2.お腹に戻らなかった大腸と小腸の一部を切り落とす。
3.大腸と小腸を繋ぐ。
4.小腸の途中を左側に引っ張り上げ。
5.ストーマの左側のお腹に形成。
6.腹圧を抑える為に、腸を移動。
7.また飛び出さないように腸の一部を腹膜に縫い付ける。
8.縫合。

事前に、内容は聞いていたけど、改めて羅列すると、卒倒しそうな凄い内容。。。
主治医の腕の良さや最先端の医療技術が発展したお陰とは言っても、やっぱり、生きて目が覚めただけでも奇跡かもしれないと感じてしまいます。

ICUで目が覚めたのも4度目だけど、何度目であっても「生きてた・・」っていう安堵感に包まれる。
これは体験した人でないとわからない気持ちかもしれません。

6時ごろに看護師さんに起こされ目が覚めた瞬間からリハビリが始まる。
呼吸の仕方から始まり、身体を少しずつ動かし。

「痛み止めをガンガン打ってでも、動いてください」

今は、安静ではなく、こういう感じですぐに動かすんですね。
お昼頃には、車いすに乗っていました。

主治医からは「数日はICUだから」って言われていたけど、呼吸器、循環器の状況も良好で、車いすにも乗れたので、半日程度で一般病棟へ。
(一般病棟の看護師さんには、さすがに驚かれたけど、笑)

後は、毎日、毎時間が闘いでした。

前は、いつゴールが見えるか全くわからず、何もかも手探りで、その分、時間的には余裕があったのだけど、今回はゴールが見えている状態。
そのゴールに向けて毎日のスケジュールをこなし一気に走り続けて行く。

完全に焦りばかりで、余裕は全く無し。

これでいいのか?
この先、どうなるんだ?
大丈夫なのか?
こんなんでよくなるのか?

などと、精神的にかなり追い詰められて大変でした。
最初は4人部屋の病室だったけど、さすがに精神的に限界で、両親とも相談して途中から個室に移動させてもらいました。

それから幾分か気持ち的にも余裕が出て、良い形に歯車が回っていったという感じです。

飲まず食わずの数日。
痛み止めを打ちながら、シャワーなどの処置や歩行訓練。
痛み止め自体もきつくて、意識がおかしくなって、幻覚が見えるし。。

でも、なんだかんだと時は流れ。
術後3日後から飲料開始。
術後5日後から流動食開始。
少しずつ形があるものへの食事と変わっていく。

やっぱり、口から摂取すると気持ち的に変わっていきますね。
特に、歯ごたえがある食べ物になった途端、すぐに元気になった様な気がします。
点滴も外れ、食事量も増える。
歩行距離も、最初はナースステーションまで歩くのものやっとだったのに、病棟半周、一週、二週と日増しに増えて行く。
食事が一般食になった頃には、病棟を1日に10週ぐらい歩いていました。

入院生活の最後の1週間は、ストーマの装具選定と耐久力テストでした。
前は、上行結腸ストーマ(コロストミー)でしたが、今回の手術によって小腸ストーマ(イレオストミー)になり。
装具の種類もメンテナンスの方法も変わり、すぐに漏れ出したりして、なかなか適した装具が見つからず、大変でした。

ストーマ専門の看護師さんと色々と相談して、何とか装具を見つけることができて、退院日が決定。
入院から3週間で他院出来ました。

なんか怒濤の様に過ぎていった3週間。
病人なのに、忙しかった。

やっぱり、それなりに大変で、今もまだ「術後」の期間ではあるので、安静にしつつ。。。という感じではあるのだけど。
でも、手術をして良かったってそう思っています。

半年間、手術をやるのやらないのってイライラしながら待っていた状態で、一進一退どころか、日増しに悪化させていったので、先が見えず。

術後、以前のような症状もなく、このままで推移していけば、かなり、前に進められる。
正直、本当に怖かったけど、再手術をして良かったとそう今は思っています。

怖がって、地団駄を踏んでいるよりも、やっぱり、やってみないと何事もわからないですね。
何事もムダはないだろうし、何事も良い方向に進んでいるんだと信じて前に進んでいくことは、大切だなってそう思います。
今回の手術は、前例もほとんどなく、主治医も手探り状態であったのだろうけど。
同じ状況で、苦しんでいる人たちがいたとしたら、私と主治医の方々が挑んだ事が、少しでも他の人たちの希望になればいいなとそう思っています。

再手術を引き受けてくれた主治医や看護師にも感謝ですし、それを後押ししてくれた両親にも感謝ですし、励ましの言葉などで支えてくれた皆さんにも感謝ですし。

やっぱり、1人では生きていないんだなって改めてそう思います。
支えられて生かされた命。
大切にして、これからも生きていきたい。
焦らず、何年もかけるつもりで、ゆっくりと歩んでいきたい。
そう感じています。

命のことを改めて感じられた3週間。
この3週間を見守り応援してくださった皆様。
本当にありがとうございました。
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昨日、仕事中に自宅から電話。
病院から連絡があり、手術が29日に早まったとのこと。
入院日もそれに併せて明日(26日)になりました。

土日月とあるし、ゆっくり用意とか心の準備とかすればいいなって高を括っていたもんだから、大騒ぎ。
仕事も何も全てほったらかしの様な状態のまま、入院することになりました(笑)
今日は一日、大騒ぎで色々と取りそろえて、何とか準備は終わりました。

半年も入院していたはずなのに、なれないですね~。
なれても仕方ない話なんですが。。。
いざとなったとき、自分ってどんだけ小心者なんだろうって思ってしまいます。
ほぼパニックになってるしで、、、ほんと、笑うしかないですわ(笑)


ここの所、やたらと時間があるから、本ばかり読んでいる。
哲学系の本も読んだり、宇宙論や量子力学とか生物学とか妙に難しい本を読んでいたりもするけど、小説なども読んでいたりもするし。
手当たり次第の状態。

その中で、やっぱり、一番良かったのは、最近、出版された山元加津子さんの『手をつなげば、あたたかい。 宇宙がくれた「優しい力」』
入院、手術前に出会えて良かったです。

全ては宇宙(そら)から産まれ、全ては宇宙(そら)でつながっている。

日々、いろんな事がありすぎて、わけわからなくなるけれど。
でもそのことを知っているかいないかで、日々の見方、感じ方、考え方の全てが変わっていくし、どんな時でも人は強く生きることが出来ると思う。

入院や手術のように、極端に日常からかけ離れたことが起きたとき、新たな自分っていうのが見えたりする。
自分のわからない部分で、何を抱えているか、何にしがみついているか、何を手放したいか、何を手放した方がいいのか。
ポジティブなところだけでなく、ネガティブな部分も。
前の長期入院の事もそうだったけど、色んな事が見えていいのかもしれません。

そういう部分からみると、一見、悪いことのように感じてしまう入院や手術っていうのも、良いことになるのかなって思うのです。


今回は、どんな自分を見つけることが出来るのかな。
どんな自分になって退院できるのかな。

大手術だから、不安もいっぱいあるけれど。
それ以上に、退院後、自分が笑顔を想い描きながら、入院生活の日々を過ごして生きたい。

明日という時を、見たことの無い色彩で精一杯輝かせる為に、過去があり、今があり。
そうやって宇宙(そら)の全てが助け合い、共鳴しあい、手を取り合っているのだから。
今のこの時を信じて、前へ歩いて行こう。

そう思っています。
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久しぶりに日記に書きます。
誕生日に書いたきりだ・・・(笑)

昨日、台風並みの低気圧のせいか、一日、調子が悪く、ずっと寝込んでました。
痛み止めは効かないし、、、最近、効かない事が多いので、さすがに困ってきました。
痛み止めって胃が荒れるしね。
でも、今日は、かなり調子が良い。
お天気だし、やっぱり、気候に左右されているんだなって思う。
月の満ち欠けとか、人の身体って敏感に出来ている。
やっぱり自然と私たちって一体なんだなって思うし、生かされているんだなって改めて気づかされる。

やっと、再入院、再手術が決まりました。
今はその準備中と体調管理中。

7月から、手術するのしないのと駆け引きのような状態がはじまり、ずっと、イライラしてた。
正直、今の状態のまま、これから何十年なんて、生きていく自信ない。
だから、一か八かであったとしても、前に進みたいって思っていた。

内臓疾患の中では、かなりハイリスクな手術内容だし。
それに加え、私の場合、障がいからくる他の様々なリスクもある。
だから、なかなか、主治医もウンと言えない状態だったのはわかるんだけど。
主治医も色々と調べ回ってくれたり、他のお医者さんとも連絡を取り合ってくれて、何とか目処が立ち、やっと、「やりましょう」と言ってくれました。

結果、うまくいくかどうかわからないし、この先、どうなるかもわからないのは変わりないんだけど。
やっと、前に進めるという安堵感に近い感じがして、手術はこれからなのに、ホッとしている。
あとは、野となれ山となれ、どうにかなるだろうって、思っています。
後悔するなら、やることやって後悔したいのです。

それに向けての検査も一通り終了。
後は、風邪とかひかないようにして、体力温存していくだけ。

会社への報告も終わり。
まぁ、渋い顔はしていたけど。
当たり前だよね・・・。
でも、「頑張れよ」と言ってくれたし、「後は何とかするから、安心していってこい」と言ってくれたし。
どっちに転ぼうとも、こちらもお任せしようと思ってます。
そして、私は、しっかりと治して現場復帰していくことが恩返しだと思っています。
色々と面倒かけているけど、、、今、自分のやれることと言えば、それだけだし。

11月29日に入院。
12月1日、9時から手術。
一応、手術時間の予定は3時間だけど、前も5時間ぐらいやっていたので、今回もだと思います。

入院は年末までかな。
上手くいけば、クリスマス前には退院できそうだけど、焦らずにいきます。

いろんな人に助けられて生きています。
自分だけの力じゃないって、思い知らされる。
ありがたいなって思う。

今更だけど、人生、色々とありますね。
良いこともだし、悪いこともだし。
自分の思う通りにならないこと、うまくいかないことばかりで、、、、凹んだり、イライラしたり。
でも、それも人生だし、その積み重ねや繋がりが今に、そして、未来につながっていくんだなってそう思う。

当たり前のことなんだけどね。
でも、一生懸命過ぎるとと気づかないことでもある。

自分のことも、周りのことも、日々、あっという間に移りゆく中で、やることが多すぎて、混乱してしまう。
今、何をすべきか、何を思うのか、しっかりと見極めるのも大変。
一瞬先は闇なんていうけど、まさに、数秒後の事すら、マトモに思い描けない。。。

でも、今を生きるって、本当はもっと、シンプルなのかもしれないって思っています。

日々、ありとあらゆる事が多すぎて、過去も未来も、色んな想いを抱え込んでしまいがち。
抱え込んでしまうと、泥沼。
喜怒哀楽、色んなものが渦巻いて、収拾がつかなくなる。
不安、恐怖、怒り、悲しみ色んな負の想いもあふれ出る。

でも、その中で本当に必要なことっていくつあったのだろうかって思う。
1%もないのかもしれない。

忘れるっていうのではなく、捨てるっていうのとも違う。

全てをしっかり受け止めていく。
そして、これで良いんだって思い、手放す。
それだけで良い。
抱え込む必要なんてなにもない。

シンプルに、今、この時、この瞬間をどう生きるか。
過去でもなく、未来でもなく、今を感じること、今を想うこと。
結局、それしかないんだろうなって思うし、大切な事は、"それだけ"なんだろうなって思うのです。

正直、不安も沢山あるし、いつも笑顔ではいられないけど。
でも、今を感じて、宇宙を感じて、愛を感じて、シンプルに生きようって心がけています。
それが一番だし、ベストだと思うから。

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10月20日になりました。
皆さんのおかげで誕生日を迎えました。
39歳になります。
既にお祝いのメッセージを頂いております。
本当にありがとうございます。

色んな人に励まされ、支えられた1年でした。
みんなからもらったいろんな言葉、いろんな想い。
その数々の全てを改めて大切に感じています。

本当に多くの人たちの姿に深く感謝できた1年でした。
ありがたい1年でした。
たぶん、今まで経験がないぐらい、沢山の人から沢山のエネルギーをもらった1年だったと思います。
人の存在が、本当に愛しく、ありがたく思ってしまう毎日。
関わってくれた全てに、本当に、本当に、ありがとうございます。

自分という人生において、今までに全く経験したことの無いぐらい濃い1年が過ぎ去りました。
毎日が精一杯で、毎日が大変で。
辛抱すること、我慢すること。
そのことで頭がいっぱいで、あっという間に月日が流れていきました。
改めて本当に凄い日々だったなって思います。

去年の誕生日は、まだ、手術の痛みと闘っていました。
痛み止めが効いているんだか効いていないんだかよくわからず。
もうろうとした1日を過ごしていました。

そして、誕生日の日に、手術後、初めて食べ物を口にしました。
重湯(固形物が入っていないほとんど水のおかゆ)を口にしました。
それまで、一ヶ月近く、食べ物を口に出来なかったから、何も味の無い重湯であっても、格別に美味しかった記憶があります。
口から食べられるって、本当に大切だし、こんなに嬉しかったことが、今までになかった気がします

あれから1年。
未だに動くのもやっとで、会社以外は、家で寝ながら過ごすことの多い日々。
今まで頑張って来たのに、自分が何をしたっていうのだろう。
なんでこんな大変な日々を過ごさないとならないのだろう。
どうしてうまくいかないんだろう。
なんでこんなになってしまったのだろう。
そう思ってしまうことも正直あります。
あの時、こうしていれば。
こんなはずじゃなかった。
そう感じてしまうことも沢山ある毎日を過ごしてきたことも事実です。

そんな風に過去のことを色々と思ってしまうことも多々あるけど。
でも、過去をどう恨んでもどう足掻いても変わらない。
大切なのは、過去に何時までもしがみつくことではなく。
今、この時をどう想い、どう生きるかなんだろうなって思っています。

今という時をを支点に、今、感じること。

今まで生きて来て、色々なことがありました。
楽しいこともあったけど、悲しいことも多々ありました。

でも、楽しいことも悲しいことも、それらの全てが、今の自分を創造っているんだと。
沢山の経験も、感情も。
沢山の出逢いも、別れも。
今の自分にとっては、かけがえのない人生の1ページだったのだと。。。。そう思えるのです。
どのページも、ムダがなく、大切な1ページで。
だからこそ、どれも消せないし、否定もできないし。
どれも、愛おしく思える1ページなんだと。。。。そう思えるのです。

昨日、病院に行ってきて、これからの方針を決めてきました。
でも結論に至りませんでした。
人工肛門の現在の状況自体、文献にも載っていない症例で、主治医も、他の先生でさえも、答えが出ませんでした。
主治医が学会とかに足を何度も運んで、権威のある他のお医者さんとかにも相談しにいったそうですが、その方でさえも、症例を聴いて、無言のまま、立ち尽くす状態。
リスクが大きすぎて、どうすれば一番いいのか、よくわからないそうです。
再入院、再手術、そして、退院後。
果たして、うまくいくのか。
どんなゴールが待っているのか。
頭の中で、先のことを考えすぎると、不安には思うことは沢山ありすぎです。

でも、心のどこかで、未来のこと、そして、周りのことをちゃんと感じ。
「きっと、自分を安定な場所へ運んでくれる」と信じ、これからもちゃんとやっていけるんだと信じ、どっしりと腰を落ち着かせている自分もいることは確かです。

未来や希望を信じるという気持ち。
そう感じられるのは、きっと、過去の経験や体験が、自分を成長させてくれていたからなんだって。
過去に起きたことは、きっと、今起きていることへの心構えとして準備してくれていたんだって。
人生という旅の途中で困らないようにと、きっと、用意してくれていたんだって。
だから、どれも、欠かすことの出来ない、大切な1ページなんだって。
そう思えるのです。

産まれる前に、人生を選んで来たって、よく耳にするけど。
今ここに、この姿でいる自分が在ることもまた、産まれる前に選んできたんだろうなって思うし、約束されたことなんだろうなって、信じています
そして、数年後には、今の状況もまた、愛おしく思える大切な1ページとなり、そのページに書き込まれた経験の全ては、自分にとって、かけがえのない宝物になっていくんだろうなって、信じています。

見えない世界が見える友人に、「あなたは愛を伝えるために産まれて来た」って言われたことがあります。
本当にそうならば、今のこの状況も、その一つの糧になっているんだろう。
その使命を果たすために、今、生かされ、生きているんだろう。
私は、そう信じているし、いつも、そのことを心に秘め、生きていきたいって。
改めて思っています。

そして、多くの仲間たちに出会えたこと、多くの人たちに支えられたこと、その全てが、自分へのメッセージだと受け止めています。
その多くのメッセージを生かし、少しでも多く還元していくこと。
それが、私の役目なんだと。
改めて感じています。

今まで、自分に、いろいろな経験をさせてくれて、本当にありがとう。
そして、これからも沢山の経験を、どうぞ、よろしくお願いします。

自分の為に、そして、みんなの為に。
過去に感謝して、今という時を、これからも生きていきます。

光を目指して。
光になるまで。

これからも、一歩一歩、今を生き、歩んでいきます。

KOKIA moment~今を生きる~ 特別バージョン
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